長野県飯田市・三穂の駄菓子屋 〜駄菓子屋カー いざ出陣じゃ〜!

長野県飯田市

松本・伊那・佐久・善光寺~。
4つの平は肥沃の地 海こそ無けれ物多(ものさわ)に~。

県民達に愛され歌い継がれている『信濃の国』に登場する、赤石山脈(南アルプス)と木曽山脈(中央アルプス)に挟まれた風光明媚な伊那平(谷)南部こそ我らが地元。

江戸期に三州街道(塩の道)の宿場町、飯田藩の城下町として栄え、近代以降は製材・製糸業が勃興⇒精密機械工業の集約地へとパワーアップしたのも、美しき天竜川の水運と恵みの賜物なり。

『モツ』に『ジビエ(山肉)』に『ジンギスカン』‥

畜産業と自然豊かな環境は独自の食肉文化を育み、精肉店のたゆまぬ努力と市民の熱烈な愛情、そしてイチローさんのモノマネでお馴染み『ニッチロー』さんを『飯田焼肉大使』とする飯田市総動員体制を受けて、今や焼肉店人口比率日本No.1。
(人口1万人に対して焼肉店5.07軒※)

「牛に引かれて善光寺参り」の前身である『元善光寺』、「日本の道100選」にも選出される『りんご並木』、人形劇や伝統的な街並みを保存する事から、『南信州の小京都』と呼ばれる人口約9万9千人。

リニア中央新幹線駅の設置が決まり、間違いなく今後の発展と焼肉愛が超伝導に加速する(であろう)街。
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(美しき自然と文化、そしてテクノロジーが見事に融合する飯田市)
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(『焼來肉ロックフェス』。焼肉を食べながら音楽を楽しもう♪凄い盛り上がり!)

コロナ禍でも頑張る駄菓子関係者と業界全体を盛り上げていこう!と始まったリモート対談企画『時にはおこせよZOOMメント』。

今回は、飯田市南部の三穂地区(伊豆木)を拠点に『駄菓子屋カー』を運営するボランティア団体の代表・今村沙月さんと対談させて頂きましたよー!

当団体は、「子供達の校内外活動自粛に学びの場の不足」+「地域内活性化」の問題を解決できないか?と緩やかに集まったママさん達、言わば『駄菓子屋かーちゃんズ』を中心に2020年9月に始動!

さすがは信玄公のお膝元ですわ〜。

思い立ったが吉日精神というか、疾きこと風のごとしと言うか‥

ボランティアで回すがゆえ、皆の負担にならない様、さりとて楽しさに微塵の翳りもない様にと週に1回。
車の荷台に駄菓子を並べて、さぁ出陣じゃ〜!!でございます。
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(定期開催地は小笠原家書院お下屋敷。所有者の御厚意を受け敷地内を開放。週一回出番がくるでー)
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(夢と希望と駄菓子を詰め込んだ『駄菓子屋カー』買いまくりたくなる配置やね)

「コロナ禍で‥子供達が集まって楽しむ場、例えば図書館や公民館でのイベントなどが殆どが延期や中止になってしまって‥だから自分達で密を避けてできる事は何かないかな??と思いまして‥気付いたら仲間達と一緒に走りだしてました(笑)

駄菓子と駄玩具With笑顔の移動販売は、回を増す事にそのラインナップの拡充、買い物『けいさんひょう』の活用、お外遊び体験グッズの充実など、楽しさの加速がやめられない止まらない‥

しかも。
その本陣とも言える定期開催場は、水源である諏訪湖⇒伊那谷を抜けて太平洋へと注ぐ天竜川の自然が生み出した奇跡の絶景『天竜峡』にほど近く、国の重要文化財にして江戸時代初期の武家住宅の姿が見事に保存されている貴重な『旧小笠原家書院』に隣接する下屋敷内(以下・おした屋敷)と言うのだから驚きです。

本当、行ってみたくてしょうがない!

スローガンは「過疎地域の中で三密を避けた上で関わりあいながら、老若男女を問わず地域内で楽しめる機会を!」。

雨天時は動かざること山の如しスピリットで中止になってしまう事もありますが、心に掲げたスローガンは天候以外では一点の曇りなし!でございます。
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(ノー密な空間での濃密な思い出つくり。楽しそうだね〜!)

うちは飯田市生まれ飯田市育ち。
ワルそうなやつは大体友達‥じゃなくて、似たようなやつ(想いをもった人)は大体トモダチな感じのする今村さん。

間下このみさん・テンテンちゃん世代(1978年生まれ)の筆者と同年代の2児のママであり、とてもエネルギッシュで若々しいのです。

筆者とタメとは本気で思えない(笑)

おそらく、一緒に活動をされてる仲間達や協力者たちも、「共に飯田をもりあげていこう!」とするパワーやオーラに包まれた素敵な人達なのでしょう。

事実。
子供達によるレジ打ち体験、古新聞を使ったレジ袋の作成、空撮屋urueさんプレゼンツのドローンによる駄菓子屋撮影なども行われ、開催されるごとに定期開催地『おした屋敷』は熱気と歓声に包まれていきました。

そうそう。
伊那谷のスーパー大道芸人『伊那谷芸人さっちゃん』と夢のコラボイベントの話も浮上しているのだとか。

打ち上げにみんなで焼肉で乾杯だ~!!
とできる日常が早く戻ってくること、切に願いますYO・・・
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(青空の下でのレジ打ち体験。活きた勉強こそ真の勉強なり!)
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(大人も子供も本気で遊ぼう!!昔遊びも盛り上がるで〜!!)

みんなで植えた『駄菓子屋桜』の成長と開花が待ち遠しい・・・

『おした屋敷』はまさに、当団体にとって頼れる『本陣』そのもの。

「皆様の好意に甘えてボランティア体制で運営してます。徐々にですがイベント出店の要請や出張カーの依頼も増えてきてます。みんなすごい楽しいのばかり。全部に参加したいし、もっと色々と挑戦したいです!」

御自身も仲間達も、育児に家庭に仕事に獅子奮迅の働きをしながら、次代を見据えたくさんの『楽しい思い出』を創ろうとするそのチャレンジスピリット。

実る稲穂がごとく頭が下がりますが、目下のところ、ちょっとした葛藤を抱えておりまして・・

それは。
遠方からの出陣要請など、イベントによっては人手の確保や経費の問題により参加が難しいと言う、ボランティアや駄菓子屋あるある問題。

「駄菓子・玩具類で全てが賄えればいいんですけどね(笑)。飯田って言っても広いですし、遠方からだと『おした屋敷』まで遊びに来れない子供達もいますので、早く色々と回れる体制にしていきたいですね・・・。ゆっくり皆で考えて、これからも頑張っていきます(笑)」

息子クン・娘ちゃんも興味津々に会話に参加してくれる中、そう言って笑われた今村さんの言葉に、『駄菓子屋カー』の可能性を感じざるを得ません!
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(お買い物をデータに。次代を担う子供達はデジタルトランスフォーメーション(DX)などお茶の子さいさい!)

ちょっと筆者の独り言(笑)

戦国時代、甲斐(山梨県)に端を発し、信濃(長野県)の大部分と駿河(静岡県)・上野(群馬県)・飛騨(岐阜県)の一部までをも版図に置いた、天下の名将・武田信玄公と、日ノ本最強と謳われた『武田騎馬軍団』を例にとって、口上を申し上げ奉り候。

兵站(へいたん)=今風に言えば「ロジスティック」。
英語では「Military Logistic」と言います。
いわゆる後方支援ですね。

移動距離が伸びれば、その分種々の経費がかさむのは、信玄公時代より世の常。

それではなぜ、長距離移動に適さず、むしろ機動力という意味では足枷になる山国から最強の騎馬軍団が生まれたのか?

それは。
兵站を最重要視する信玄公が、金山経営で手にした経済資本を惜しみなく投入し、兵糧・武具のストックや道中の整理など、徹底的な後方支援を施した事により、前線の騎馬軍団が後顧の憂い無く大ブレイクできたと言う訳なのです。

要は、「足代も経費も食料もガンガン出すYO。思う存分駆けて手柄をたてるが良い!褒美も上げるYO。もちろん、攻めて敵を攻略したらのハ・ナ・シ。頑張れる?頑張れるよね?(笑)。おーし。やはり、人は城じゃな(笑)」と部下を盛り上げたんです。

いや~。すごいですわ信玄公!

そこで。どうです?
飯田市さん、長野県さん。

前線で活躍する『駄菓子屋カー』をはじめ、飯田を愛し盛り上げようする団体や女性たちに『助成』という名の後方支・・・おっと、独り言も過ぎたようだ(笑)。
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(行ける範囲は駆けつけたい!それが『駄菓子屋カー』の流儀なり!)

「子供達が集まれば親世代も顔を出してくれて。さらに地域のお年寄りも遊びに来てくれ皆が笑顔になって、そのサイクルで町が活性化していけばいいと思ってます。コロナが過ぎて、自由に移動できる日が来たら、いつの日か、皆さんも土橋さんも飯田に遊びに来てくださいね!」

南信地方の中心都市・飯田市。
あばれ天竜と深き山々に囲まれながら、駄菓子屋行きて〜。
夜は焼肉食べながら一杯して〜

と、やたらと飯田に行きたい煩悩に包まれながら、対談は終了したのでした(笑)


今週末も来週末も!
雄大な信濃の青空の元、『駄菓子屋カー』は今日も行く!

皆のモノ〜!
出陣じゃ〜!

『駄菓子屋カー』定期開催場所 アクセス
長野県飯田市伊豆木3942※
※定期開催=小笠原家書院お下屋敷内
営業時間・開催場所=SNSで確認の事
インスタグラム=駄菓子屋カー




コメント

  1. 駄菓子屋カー より:

    こんなに素敵にまとめてくださり、本当に感激です!!!

    孤軍奮闘の中、前途に光明をいただきました。

    ありがとうございます
    今後も、継続こそ力として頑張ります!!

  2. 土橋真 より:

    遠き空より応援しております!

    あ〜。
    飯田で焼肉食べたい(笑)

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