東京青春もんじゃ焼物語PART1〜おやつカンパニー ベビースターぐるぐるもんじゃ〜

古くは安濃津と呼ばれ、平安京(京都)に入る重要な港であったが為、ただの『津』と呼ばれていた事がその名の由来。
三重県の県庁所在地・津市に本社を構える『おやつカンパニー』。

世界中で愛されるベビースター、腹減りっ子達の救世主・ブタメンをはじめ、全国区の輝きをスパークし続けるレジェンドメーカーです。
筆者如きが言うまでもありませんよね。

その『おやつカンパニー』が、下町の味『ぐるぐるもんじゃ』を展開してましてね。

味だけではなく、「お湯でも水でも作り方・食べ方はご自由に!」のフロンティアスピリッツも、まんま下町Qualityなので感動してるのです。

ブログに書き始めては見たものの、自身の想い出ぽろぽろがぽろぽろと蘇ってきたので、幼少期の記憶を少々書かせていただこうかと思った次第でございます。
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(単価=100円は子供には一発勝負の価格。だが、それがいい!)

1980年代=昭和後期をまんま少年時代として送った、いわゆる『少年ジャンプ黄金世代』の筆者。

「(もんじゃ発祥の地と云われている)浅草の御出身ならば、駄菓子屋もんじゃは、文字通り鉄板でしたでしょ?」

「いっぱいあったでしょ?駄菓子屋もんじゃ」

みたいな事を、駄菓子関係者からも言われることがありますが‥

少なくとも筆者の時代で、浅草周辺での答えは、「違う違う。そうじゃ、そうじゃない。」だったのです‥

もんじゃを『ぼったら』と呼ぶ特殊な文化の残る東京都足立区〜埼玉県川口市周辺エリアや、荒川区や葛飾区・北区などの関東大震災後に開かれた新下町と言われるエリアには、筆者が駄菓子屋巡りを始めた頃(2011年〜)にも、まだ数軒「駄菓子屋もんじゃ」を食べさせてくれる駄菓子屋が現役で残っおり、昭和〜平成にかけて「かなり店があった」と確かな情報も得ております。

特に荒川区には『おでん』を提供する駄菓子屋も数軒頑張っておられ(現在は廃業)、昭和の昔は、独特の『駄菓子屋めし文化』が隆盛を極めていた事も知ってます。

しかし、筆者の地元・台東区の浅草エリアでは、少し事情が違っていたのです‥

※下写真、筆者がお世話になっている『本所かえる本舗』のもんじゃ。
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(もんじゃ=土手をつくる文化はなかったなぁ・・世間体を気にして今は土手を築きますがね。)

昭和後期(1980年代)に小学校時代を過ごした筆者の遊びの主戦場(縄張り)は、東京下町の雄である台東区・浅草!
の外れに位置する、駒形・寿・蔵前エリアでした。

当時は『ビーバップハイスクール』全盛時代。

このエリアの外に出てイキっていると、他小学校の縄張りに入ってしまい、「コラコラ、お前ら何小や??」と、変声期前(+脛毛ツルツル)の少年達に因縁つけられる事が本当にあった時代でございます。

とにかくスゲー時代でした(笑)

そんな筆者の少年時代。
縄張り内には、駄菓子屋が2軒ありました。

1軒は言わずもがな、筆者の『オラが駄菓子屋』こと『駒形・ババヤ』。

そして、もう1軒が『まつりや』。
我が母校に近接していた鉄板が置いてある由緒ある駄菓子屋で、店内でいわゆる『駄菓子屋もんじゃ』をたべられましたが、昭和59年(1984年)頃に廃業されてしまい、筆者世代(含め)より下の地元世代は、文字通り『駄菓子屋もんじゃ』を知らずに育った世代とも言えます。

ちなみに、四方隣の小学校の区域にも数軒の駄菓子屋がありましたが、筆者が知る限り、『駄菓子屋もんじゃ』が食べられたのが、仲見世を少し入った場所にあった(今は無き)通称『げろもん』(⇐浅○小の生徒達よ、あだ名とはいえ、ひどすぎるぜよ・・・)と、花やしき方面から見ると千束通りを越えた場所にあったと聞く駄菓子屋(店名を知らないので、詳細知ってる方いらしたら御教授頂きたく)ぐらいで‥

確率論で言えば10%位。
下町のエキスパートである浅草っ子ですら、昭和50年代後半に少年時代を送った世代では、ほとんど『駄菓子屋でもんじゃを食べられる』事を知らず、もんじゃとは=ハレの日に家族で食べるもの‥へとチェンジされていってしまったのです‥・・
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(もんじゃの食べ頃=自分が食べたいと思った時也。『かえる本舗』の店長談)

筆者が始めて『駄菓子屋もんじゃ』に出会ったのは、忘れもしない。
小学5年生の夏休み明けの日の事でした。

隅田川を挟んで隣の墨田区に住んでいた(小学校は同じ)Tと言う友人が、「墨田区の駄菓子屋はスゲーぜ!店内でもんじゃ焼食べられるんだぜ!!台東区なんてラベル(レベルのこと。)低いぜ。俺?行ったよ。一人でもんじゃ食ってきたよ。決まってるだろ?」と、「エッヘン!」と言わんばかりに、そして、いきりにいきりたって話してきた事に端を発します。

一夏の冒険譚をオーバーに誇張して語るのは、少年の特権です。

後に、そのTと言う少年は一人で行っただけで、もんじゃを食べていた他学校のグループに恐れをなし、駄菓子を買って出てきただけ‥もんじゃを食べるどころか鉄板にもたどり着いていなかった‥とわかるのですが、今や昔の物語(笑)。

その冒険譚が筆者を含む数人の同級生の心に火を滾らせ、地元の縄張り内が「全世界」だった少年達は自転車に乗って隅田川を越え、他学区の、しかもそのエリアの子供が集う心臓部とも言える駄菓子屋へと、旅立ったのでした。

川を渡っただけで広がる、新しき世界‥

まさに映画『スタンド・バイ・ミー』の様に、高鳴る鼓動を激しくビートさせ、着いた駄菓子屋の匂いにまで興奮を隠せなかったあの日‥

駄菓子屋には独自のプチルールが存在する‥

と言う事を思い知らされ、他エリアの一つ上の少年達にガツンとぶちのめされる事になるとも知らず、店の扉を開くのでした…
(長くなりましたので、その②に続きます)
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(ソースがメイン味付けのもんじゃ。でもね、醤油を入れるとマイルドな味になるんだよ。)

『おやつカンパニー』さん、関係のない筆者の幼少期のメモリアルを連連と、本当に申し訳ありませんでした。

上説しましたが、パッケージの「お湯を注いで食べるだけ(水でもオッケー!)」の文面に、「さすが、今やもんじゃの一部に昇華しているベビースター。わかってらっしゃる」と、その本流を理解されてる所に感動してしまった旨、お許し頂ければ幸いです。
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(ベビースターとかやく・粉末スープを入れて混ぜまくれ!)

そう。
もんじゃの味付けは、決まりなどあってない様なもの。

パケに(ソース味)と記載されてますが、男だっていろいろ、女だっていろいろ咲き乱れるのフレーバー、要するにFREEDOMな味の幅こそもんじゃの魅力なのですから。

ちなみに。
もんじゃには「醤油入れなきゃイヤだ」な層や、「コーラ(サイダー)を少し入れるとまろやかになる」趣向の人もいらっしゃいます。

親交のある群馬県伊勢崎市「さっちゃんチ」に代表される伊勢崎もんじゃは、甘=いちごシロップ・辛=カレー粉を隠し味として入れるスーパーもんじゃですが、筆者の周りにも個人的な味付けとしてコーラやサイダーを入れる人は普通に存在するのです!
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(ちょっとお湯の配合を間違えました(笑)。でも美味しい)

『ぐるぐるもんじゃ』の醍醐味は、混ぜればとろみが出てきて、リアルもんじゃ同様の食感になる事です。

筆者はお湯の分量を少し間違える(多く入れる)と言う、駄菓子屋のおばちゃんがこれをしてしまったら、目上の人を敬う事を第1とする儒教の国ならば、ぶちのめされるであろうレベルに年下の子供から叱責されること間違いなしなミステークをしてしまいましたが、大丈夫。

そこはさすがのおやつカンパニー。
軽くRecovery可能でございました。

筆者がもんじゃを食べる時の隠し味『味の素』と『味付けノリ』で、むしろ別次元の美味しさを見せつけて、いや魅せつけてくれました。

1ヶ=100円。
もちろんメーカー希望小売価格(税抜)。

100円でちまちま楽しむ事を選ぶか?
それとも、一気に「ぐるぐるもんじゃ」で勝負に出るか?

筆者が子供の頃にも風の噂で聞いていた『100円もんじゃ問題』
※詳細は②にて

熱々のもんじゃは食べられるが、ほぼ刻みキャベツと小麦粉のみで、駄菓子をトッピングしようにも100円しかない子は、新たな味の援軍を得ることが出来ず途方に暮れると言う、中々どうして究極の選択を駄菓子屋で強いられた‥と言う問題(笑)

100円と割と高価な『ぐるぐるもんじゃ』問題も(大を一つとるか。小を何個かとるか)、今の子供をにとっても悩ましい問題だと思われます。

だが。それがいい!!

悩み、ソフトな失敗を重ねる事こそ、成長のカンフル剤。

数多の味・種類で世界中を魅了し続ける『ベビースター』シリーズは、美味しいだけじゃない、多くの役割を担い続ける駄菓子界のスターでもあったのです。

それでは、自分でもビックリするくらい長くなりましたので、Part②で再び相見えましょう!



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