神奈川県相模原市(中央区)・淵野辺の駄菓子屋 ~活きた歴史の学び舎 野田商店~

軍事施設が多かった事から、かつて「軍都」と呼ばれし相模原の地。
隣接する津久井郡(藤野町・城山町・相模湖町・津久井町)を吸収合併後の平成22年(2010年)、「町田市とも一緒になっちゃいなYO」という声を華麗にスルーしつつ、横浜市・川崎市に次ぐ県下第3の男・・・もとい政令都市へと移行した人口72万人、相模原市の1区・中央区(緑区・南区の3区で構成)。
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(JR横浜線・「淵野辺」駅構内にギャラクシーな名作がズラリ)

相模原から宇宙へ!
少年少女の心を宇宙へと誘うJXSA(宇宙航空研究開発機構)にプラネタリウム完備のギャラクシーな「相模原市立博物館」などのときめきメモリアルな施設と、多くの大学キャンパス(青山学院・麻布大・桜美林など)に恵まれ、若者世代を中心に人気のエリアへと躍進した人口約27万人を擁するプラネット・ブギな街。
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(どことなく近未来的な建物多し。桜美林プラネット!)

今回紹介する「野田商店」は、JXSAの玄関口でありマンションが建ち並ぶJR横浜線「淵野辺」駅のそばにある、半世紀以上の歴史を有する駄菓子屋です。
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 (「お菓子 野田商店」このテントが目印。いい感じでしょ!)

「こんにちは!」
扉を開け店内に入ると、年季の入った木の棚(創業当時から使っているとの事)にキレイに陳列された駄菓子やカード類、そして優しいおばちゃんが出迎えてくれました。

元々は、おばちゃんの義理のご両親が総合食料品店として半世紀以上も昔に創業した「野田商店」。

現在の駄菓子メインのスタイルへの移行は、店舗の縮小をしたバブル全盛ともいえる昭和63年(1988年)、今(2015年現在)から27年前に遡ります。

以来、人気エリアであるが故に猛スピードで変わって行く相模原の街並みの中、変わらぬ温もりと優しさで子供達はもちろん、地域の人達に愛され続けてきました。
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(棚にキレイに並べられた駄菓子。選ぶ楽しさは今も昔も変わらず)
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(木製の棚がいい感じ!ラインナップは充実、イカ系は大人も重宝!)

「儲からないけど暇つぶしにもボケ防止にもなるし(笑)。小さい頃に通ってくれてた子供達が大人になり、親になり・・・自分達の子供を連れて来てくれてね。スゴイ嬉しいですよ。」と、子供達の集団が帰った後、ホッと一息つきながら筆者に話してくれたおばちゃん。
とてもとても、嬉しそうでした。

いいっスね、こういうの。

世の為、人の為、巡り巡って自分の為になるって事なんだろなぁ~。
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(宝さがしガム(リリー製)の破壊力は「カリブの海賊」クラス!)

子供達だけではありません。
「野田商店」は、高齢のご近所さんや、小腹をすかした高校生・大学生など、老若男女が気軽に立ち寄れるスポットなのです。時に、思いもよらぬ世代間交流が行われる事もあるのだとか。

「生まれは上州太田。子供の頃、空襲で中島飛行機(現・富士重工スバル)の格納庫が燃え続けていた光景を今でもハッキリ覚えています・・・」、おばちゃんが経験した戦時下での話。

おばちゃんの話だけではなく、店内で触れ合う近所の戦争体験者方の話を聞いて、学んでいった子も多いのだとか・・・・

近現代史を小中学校で学ぶ機会が少ない(筆者の時代は日露戦争前夜で終了だったね・・・)現代日本において、今なお活きた歴史を口伝で学べる「野田商店」をはじめとする駄菓子屋の存在は特筆に値します。

時に皆さん。
悠久の相模原の台地で、宇宙と歴史、そして駄菓子を堪能してみてはいかがでしょうか?

「野田商店」アクセス
JR横浜線「淵野辺」駅 徒歩3分
神奈川県相模原市中央区淵野辺3-3-8




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