江戸川⇔利根川を結ぶ運河の船運を活かし、お隣・野田市(しょうゆ)と共に味醂製造で江戸八百八町を支え続け、今なお充実のアクセス網・子育て支援政策が子育て世代のハートをガッツリ掴み続ける町・千葉県流山市
その心臓部である市役所のそばで、代々の子供達に愛され続けた名店【岡本商店】
閉店を確認致しました。
長きにわたり、お疲れ様でした。
そして、本当にありがとうございました!
『岡本商店』のおじちゃん・おばちゃんへのリスペクトと感謝
そして
通った子供たち全員の忘備録の為に記事を残します
以下・2017年12月記事
千葉県流山市。
「都心から一番近い森のまち」が我らの旗印!
つくばエキスプレス 開通(JR武蔵野線・東武アーバンパークラインとも接続)で良好になった都心へのアクセスは、子育て世代のハートをガッチリ掴み、人気エリアへと躍進!
江戸川・利根運河などの美しき水運と、関東屈指の激シブ路線 流鉄・流山線 (馬橋駅~流山駅間の5.7km)とが駆け巡る旧流山地区は、江戸期には既に「しょうゆは野田 みりんは流山」と称される程に勇名を馳せ、同じく勇名を馳せた「幕末のEXILE」こと新選組 局長・近藤勇と土方歳三の離別の地としても知られる人口約18万、古きと新しきが共存する町。

よ(流鉄線「流山」駅。旅情を擽りまくる関東屈指の激シブ終着駅!)
(本町周辺は街道筋の風情を今に残す。一度は行くべし!流山)
今回はその流山の市役所そばにあり、創業はなんと明治9年(1876年)
め、明治9年って言ったら、グラハム・ベル氏が電話機を発明した年ですよ・・・ス、スゴイ!
以来140年。
現在も地域の人からも、子供達からも、愛され続けている駄菓子屋「岡本商店」をご紹介します。
(流山市役所のすぐそば。赤レンガ風のテントが目印!)
(ドキドキの入店タ~イム!正面に見える駄菓子に思わずウットリ!)
「私が子供の頃、周囲は農家ばかりでして……
見渡す限り田畑が広がっておりましてね。創業~戦後まではそうした農家用資材(縄・三度笠・筵・縄・レンガや土管も生産)を商う店でした。」と、今年(2016年)85歳になるおじちゃん。
その後、徐々に食料品・雑貨を置くスタイルに移行し、前回オリンピックが開催された1964年頃より駄菓子を置きはじめ、今に至るそうです。
おじちゃんの御両親亡き後は、おばちゃん(筆者が訪れた日は体調を崩されて不在。今度はお会いしたいです!)が店を切り盛りし、おじちゃんが定年退職した後は夫婦二人三脚体制に!
「二人してヨタヨタしながらやってます(笑)」と話すおじちゃん。
こうした気さくな所も、流山の子供達に愛され続ける所以なのでしょうね!
(正面に座す日本人形からも歴史の重み、感じますねぇ~)
それにしても、多感な時期に戦前・戦後を過ごされたおじちゃんの話、とても勉強になりました!
「田んぼのあぜ道を自転車こいで良く走りましたねぇ~。セミの鳴き声も、空の青も。今よりずっと鮮明だった気がします・・・」
夏になると、井上陽水さんの「少年時代」を脳内BGMに、田舎道を歩きたい衝動に駆られるのは筆者だけではないはず・・・・・
「つくばエクスプレス」開通後に随分と変わってしまった流山市内に、戦前戦後の事を見つめ続けてきた「岡本商店」の様なお店がある事は特筆に値しますね!
(タバコも売ってる店内。老若男女がくつろげる癒しスポット!)
「嬉しいですね、100円玉を握りしめて来てくれる子供さん。その可愛さにいつも元気をもらってます!あと、小さい頃に常連だったお父さんが子供連れて来てくれたり、中にはお孫さんを連れて来てくれる人もいて・・・。
体が動く内は続けていきたいね!って、話をしているんですよ、妻とも。」
そんな話を聞いている最中、店に入ってきた小さな男の子と初老の男性。
おじいちゃんとお孫さんでしょう。
覚束ない言葉遣いで「こんにちは~」と言う男の子に、破顔しながら「こんにちは~」と返すおじちゃんの姿がとてもとても印象的でした。
明治の頃より流山の「流れゆく雲を見つめて」きた「岡本商店」よ、いつまでも!
通った子供達の心に温かな「思い出」という名の宝物を刻み付けながら・・・
「岡本商店」アクセス
千葉県流山市平和台1-3-4
流鉄線「流山」駅 徒歩3分

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