神奈川県川崎市・中原区。
東京都と横浜市の間に位置し、日本最強の京浜工業地帯の一角をなす150万都市・川崎市。
川崎7区(川崎区・高津区・宮前区・幸区・多摩区・麻生区・中原区)のほぼ中心に位置し、住宅建設・公園整備両面からの開発が著しい「武蔵小杉」駅を中心に、自然との調和も見事に夏の終わりのハーモニーを奏で続ける街。
今回はその中原区・元住吉で先代から店を守り続ける駄菓子屋「はらだや」を御紹介します。
(はらだやの外観には柔かなでほんわかとしたオーラが漂う)
「はらだや」の開業はおよそ50年前。
現在の心優しきおじちゃんは2代目。先代はおじちゃんのお母さん。先代は内職で始めたそうですが、気付けばここまで地域に根付いた駄菓子屋になっていきました。親子2代と地域の子供達が築き続けた連携プレイの賜物でしょう。
(地元の子供達からの手紙や絵が張られる。絆の証)
「はらだや」は正面から見て右手が駄菓子コーナーで、左手が「駄菓子屋ゲーセン」になっています。
子供達は先ず駄菓子を買い、おじちゃんと話してから右手のゲームコーナーや目の前にある公園で遊びます。
そこには安心感と信頼感のサイクルがほんわかとマッチングしています。社会勉強の一翼を担う駄菓子屋が現代の寺子屋たる所以ともいえましょう。
(10円の駄菓子屋ゲームが4~5台。アーケードゲームも置いてある)
筆者が小学校高学年の頃、自転車で30分くらいかけて他区域の駄菓子屋ゲーセンに憑りつかれた様に通った記憶があります。「ゲームセンターに子供同士で行くな」と学校や親からも言われた記憶が蘇りますが、不思議と「駄菓子屋ゲーセン」には行くなとは言われずに許されていました。いつも同じ人が店番してくれている安心感を大人も感じていたのでしょうね。
昭和の昔は大人も子供も、こうした多くの分野で不文律の掟が存在していたように思えてなりません。不文律って大事ですよね。真面目にそう思います。
(駄菓子屋のコスモ。君は感じた事があるか?)
「はらだや」の目の前は公園になっていて、おじちゃんは遊ぶ子供達を優しく見つめています。
「車の通りも多くなったし、こうして危なくない様に見ているんだよ。毎日ね。」と言うと、おじちゃんはまた前の公園にいる子供に向け優しい目を向けました。
今の子供達にはこれから大人になるに連れ、わかってもらいたい事があります。
それは両親・両祖父母以外にも地域の人たちの暖かな目で、自分たちが守られ、育てられたという事。
実際僕たち団塊Jr世代はそうだったのです。
今一度、駄菓子屋の重要性を考える機会として、「はらだや」に行ってみては如何でしょうか?なあ、団塊Jr諸君!
「はらだや」アクセス
東急東横線「元住吉」駅 徒歩8分
神奈川県川崎市中原区木月1ー7−44
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コメント
ウチの近くにも駄菓子屋あったのですが・・・つぶれてなくなっちゃいました。
この駄菓子屋さんは素敵なお店ですね。こんな駄菓子屋さんが近くにあったら、子供たちがみんな仲良くなっちゃいますね。
>>ななし様
本当の無くなってしまう駄菓子屋さん多いですよね・・・
東京都内はもちろん、川崎・横浜市内も駄菓子屋を見つけてはUPしていきます。応援する意味でお近くに行かれた際は、駄菓子屋によってみてくださいね!
コメントありがとうございました
はらだや…懐かしいなあ
このおっちゃん変わってないなあ・・・
行かなくなってから15年くらい経ってるけど未だに覚えてるよ
近くの小学校に通っていて学校帰りに友達となけなしの小銭を持って駄菓子を買っては隣のゲームコーナーで遊んだり、正面にある団地の公園で買った駄菓子を友達と一緒につまみながら遊んだり・・・
中学上がる頃に引っ越してから一度も行ってない。今でも懐かしすぎて泣きそうです
コメントありがとうございます。
そうでしたか・・・・
とても大切な思い出がある駄菓子屋だったのですね。
噂によると、ゲームコーナーも少し変わったとの事でした。
もし仮にお時間があれば、昔の思い出探し+おじちゃんに会いに行かれてください。
きっとお喜びになると思います!