2011年より駄菓子屋巡りを始め多くの駄菓子屋さんと出会い、そして別れを体験してきました。
当たり前のことですが、どの駄菓子屋さんも同じ店は1つとして無くスタイルも様々。
店主の方(当ブログではおばちゃん・おじちゃんで固定)も、優しい方・話すきな方・厳しく見えてあつい方・子供を喜ばす事を常に考えている方など、魅力のある方々ばかりでした
今回は東京下町・葛飾区で閉店された駄菓子屋さんを特集します。
駄菓子屋文化の忘備録、そして皆様の望郷心の一助になればと思います。
個人で回っているため全ての駄菓子屋を網羅していることではない事、執筆当時(原文ママ)の記事を載せる事をご理解ください
小菅・五反野地区 【高橋商店】
創業≒戦後の混乱期。
関東大震災があった大正12年(1923年)生まれのおばちゃんが本当に優しくて素敵でした
趣ある日本家屋・ガチャガチャの(赤)・アイスBOXの(白)がMIXされたスタイル
映画【21世紀少年】や、アニメ【のんのんびより】の駄菓子屋のモデルともなった名店 2020年おばちゃんが永眠、その歴史に幕を閉じました‥
おばちゃん、本当にありがとうございました

四つ木地区 【田村商店】
創業≒昭和57年(1982年)
営業時間≒特別な用事がない限り、午後2時〜日暮れまで 不定休
店の前には2台の10円ゲームが鎮座。それを囲む様に子供達の自転車が置かれていたら満員御礼のサイン。
子供〜親世代〜祖父母世代と3世代のお客さんに愛され続けた名店でした
おばちゃん、本当にお疲れ様でした

青戸地区 【菓子まるや】
創業=昭和50年(1975年)ごろ
営業時間=不定休・日暮れまでスタイル
かつては『おでん』をグツグツ煮込んでおり、小学生はもちろん部活帰りの中高生の溜まり場でもありました。百獣の王ライオ・・もとい、武井壮さん兄弟が幼少期に通った店としても知られていいます。
壁中に子供たちの寄せ書きがびっしり!どれだけ皆に愛されているかが一目瞭然でした。
おばちゃん、本当にありがとうございました

立石地区 【中村商店※アバヤ】
創業=半世紀以上前
駄菓子屋には、その地域の子供達に代々受け継がれる不文律の掟と渾名(愛称)があります。
立石の代々の子供達に『アバヤ』と呼ばれ愛され続けた中村商店。
アバヤのおばちゃん、本当にありがとうございました


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