味噌カツ・きしめん・手羽先・ひつまぶし・・・独自のグルメは日本中を席捲。
信長秀吉・加藤清正(晴彦も)に浅田姉妹・・・多くの英傑・人材を輩出し続ける人口約220万、16のトリプルアクセルな行政区をもつ名古屋市の1区・瑞穂区。

尾張の歴史なら名古屋市立博物館で学ぶべし!
新堀川と山崎川に囲まれた区域は、多くの小中高+大学がある事から文教地区と呼ばれる側面と、雁道通商店街・牛巻商店街など古き昭和の面影を残す事から下町と呼ばれる側面とが絶賛共存中。
人口約10万5千人を擁するハイソな町。
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 (車も通れる雁道商店街アーケードは健在なり!名古屋の下町なり。)
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 (昔ながらの書店やきしめんの文字が慕情をくすぐる。良き商店街)

今回はその瑞穂区・雁道通商店街そばにあり、戦時期の混乱期も経験、昭和から平成へと移り変わる時代と町を見つめ続けてきた、創業70年以上の歴史を誇る駄菓子屋「安藤商店」をご紹介します。
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(たばこ・駄菓子の文字が優しく映える入り口付近。ワクワクするぜ!)

安藤商店は現おばちゃんが3代目にあたる老舗の駄菓子屋です。

敗戦時の昭和20年(1945年)、東京・大阪同様に、米軍の徹底的な空襲の的になった名古屋市一帯(総称して名古屋大空襲と呼びます)。
当時は、おばちゃんの先々代に当たるおばあさんの時代。
駄菓子と言うより、食料品全般を扱うお店だったかつての店舗は空襲で焼けてしまい、戦後に今とは少し離れた場所から再出発したそうです。

現在の地に移ってきたのが約50年前の事。
って半世紀前なんですね!歴史の重みを感じます・・・・
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 (豊富な駄菓子。好きに選んで計算を覚えて・・・・・)

おばちゃんに瑞穂区周辺の移り変わり・店の歴史・人気の駄菓子の話などを聞いている最中、「安藤商店」には様々な世代の人達が来店してきました。

「いつもの!(タバコ)」と言いながら入ってくる地元の常連さんや、世間話に来た御高齢の女性、「こんにちは~」の掛け声と共に入ってくる元気いっぱいの幼い姉弟。
見知らぬ大人の筆者を店内に見とめると、警戒と好奇心を重ね合わせながら入ってくる高学年の男の子などなど。

それらALL世代を優しく・温かく迎い入れるおばちゃん。
その立地からも、「安藤商店」がある場所は世代間交流の街角。老若男女が安心して集えるサロンとでも言いましょうか。
本当に素晴らしい事ですね!
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(「金ちゃんゲーム」の人気は凄まじかった!ギャンブル性有り)
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(きれいに陳列される駄菓子。目立つ位置には妖怪ウォッチ!!)

昔は、大きな鉄板を置けるほど店内は広く、その鉄板で子供達がお小遣いを出し合い・身を寄せ合い食べる「焼きそば・お好み焼き」を出していたそうです。
今は、おばちゃん曰く「自分の目や手の届く範囲内(笑)」での営業となり鉄板は無くなりましたが、おばちゃんの温もりは当時のまま。

「昔来てくれていた子が、結婚して独立して。それだけでも嬉しいのに、自分の子供連れて来てくれる事もあって・・・。感激しちゃうよね。」と感慨深く話すおばちゃん。
その優しさ・温もりに、思わず心がダブルトウループしかける筆者。

おばちゃんに別れを告げ店を後にした刹那、筆者をすり抜ける様に「おばちゃん、あれまだ残ってる???」と、元気いっぱいの男子グループが店内にすべり込んで行きました。

おばちゃん、あのワンパク盛り達の相手は大変ですね~(笑)。
しかし、子供達と一緒に顔を崩して笑っているその姿を遠目に見て、「この子達も大人になったら、懐かしく・温かい思い出を沢山くれた、おばちゃんに会いに戻ってくるであろう予感」を強く感じるのでした!

「安藤商店」アクセス。
地下鉄桜通線「瑞穂区役所前」駅 徒歩15分
東海道本線「熱田」駅・名鉄名古屋本線「神宮前」駅 徒歩20分
愛知県名古屋市瑞穂区船原町1丁目