東京都豊島区・池袋の駄菓子屋 ~池袋の新・人情スポット 青木商店~

東京都豊島区。

東京・埼玉がまだ「武蔵国」と呼ばれていた時代、23区部のかなり広大な面積を占めていた由緒正しき豊島郡。
その名跡を引き継いだ区域をガッツリ走るちんちん電車(都電荒川線)、「おばあちゃんの原宿」こと巣鴨、ソメイヨシノと六義園で有名な駒込や高級住宅街・目白など、なでしこJAPANレベルの豊富なタレント達が副都心・池袋(佐々木監督?)を中心にまとまり、ハイソと下町人情を併せ持つ人口約30万、いつの時代も待ち合わせは「いけふくろう!」な街。
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 (池袋と言えばサンシャイン!ナンジャタウンは子連れ天国)
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 (池袋を少し進めば下町エリアへと。この区は楽しいね)

今回紹介する駄菓子屋は、区の中心・池袋の繁華街からすぐ近く。
2014年7月(ちょうど1周年ですね。おめでとうございます!)新規OPENした「青木商店」です。
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 (自転車が沢山おいてあったら、満員御礼のサイン!)
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 (駄菓子屋って書いてあって。見つけた時、胸が躍ったね!)

「近所に1軒、うちの孫も通っていた駄菓子屋が残ってたんですが、無くなってしまって・・・・。」

なぜ駄菓子屋を始めたのですか?という筆者の問いに対し、おじちゃんはこう切り出してから、「子供達が安心して遊びに来れる居場所になりたかったんですかね。退職して間もない時だったし、何より孫の後押し(願望?)も大きかったなぁ。「駄菓子屋やってよ!駄菓子沢山おいてよ!」っていうね(笑)」と、優しげな眼で開店当時の心境を語ってくれました。

店主の高齢化+後継者問題+少子高齢化の波+時代の流れという名のエトセトラ・・・・

昔からの駄菓子屋がどんどんその姿を消してしまった昨今において、「青木商店」の様に定年後の第2の人生を懸けて、地域の為・子供達の為(巡り巡って自分達の為にもなる!)に駄菓子屋を開業する志高き人達がいる事は、特筆に値します。
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 (きれいな配置の駄菓子。選びやすいし、何より見てて楽しいね!)

それから1年。
多くの子供達が「こんにちは~!」と元気な声であいさつをしながら「青木商店」の扉を開け、弾けんばかりの笑顔で店内になだれ込んできます。

おじちゃんが何より大切にしている事が、このあいさつなんですって!

「こちらから目を見ながら笑顔であいさつする様に心がけてます。キチンとあいさつが出来れば大丈夫。モジモジしている子もいたけど、今では大抵の子供が返してくれる様になりましたよ。」と、駄菓子を真剣に選ぶ子供達に、優しいその視線を落としながら、そう話してくれました。

「あいさつ」が一番大事。
本当にその通り!
当たり前の事が当たり前にできない人って、「あいさつ」ができなかった子供が成長した姿なんじゃないかな~ってつくづく思うわけ。
間違いないっしょ!!
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 (一つ一つの商品に価格を張り付ける親切さ!これは助かるぜ!)
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 (自分で計算して、お金を払って。最初の経済活動!)

駄菓子を選んで、自分で計算して、お金を渡して、駄菓子を受け取って。

「じゃあね!バイバイ!!」と笑顔で帰っていく子供達。

その言葉は、おじちゃんだけではなく、子供達にとっては怪しげなオッサンに違いない筆者にすら向けられていました。

子供達の、売買からのバイバイ・コンボに、思わずホッコリ。

「これからも、子供達と同じ目線に立って、たくさん話を聞いてあげたいですね。」
おじちゃんの目指す駄菓子屋像に重ねてホッコリ。

駄菓子屋を廻り、その存在の重要性を書きつづけている筆者にとって、「青木商店」の様に新たに開業する駄菓子屋はとても心強く、エールを送り続けたくなる存在。

2年。3年と。
池袋の子供達と共に一歩ずつ、「青木商店」の奇跡の軌跡を歩み続けてくださいね!

「青木商店」アクセス
JR各線・西武池袋線・東京メトロ各線・東武東上線「池袋」駅 徒歩8分
東武東上線「北池袋」駅 徒歩5分
東京都豊島区池袋4-22-1




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