東京都・江戸川区。
音に聞く葛西臨海公園、その景観美・水族館・観覧車に魅せられる人の数はもはや全国区。
小松菜の発祥地(今でも多くの農家があるYO)としても、多くの河川(江戸川・荒川・新旧中川など)が流れる肥沃なデルタ地帯としても名高く、殺人的な乗車率を誇る東京メトロ東西線のラッシュ通勤もなんのその、子育てに優しい政策と街づくりが若年世代を刺激⇒人口増加の好循環を生み、23区内で平均年齢が41・4歳と最も若く(そんなに若くないね、実際・・・)エネルギーに溢れる、人口約68万人を擁する23区内の最東部に位置する下町。
(多種多様の商店街があるJR総武線「小岩」駅前。まさに激戦区)
(いい感じの路地的商店街も!一杯行きたくなるね!)
今回はその江戸川区の「鉄道デルタ地帯」ともいえるエリア。
JR総武線と京成線の線路を大河に例えれば、多くの支流(商店街)が無数に走る、下町人情肥沃な地帯・小岩にある駄菓子屋「教新堂文具店」(以下・教新堂)を御紹介します。

(看板は文具店。佇まいは完全に駄菓子屋。いい感じだねぇ。)
元々は文房具屋だった「教新堂」創設の歴史は、「おいちゃん・おっちゃん」と子供達に呼ばれ親しまれている現おじちゃんの御両親がここに店を構えた、半世紀以上前に遡ります。
文房具屋から駄菓子屋にクラスチェンジする事になった契機は約20年前。
初代おじちゃんが亡くなってしまい、真剣に店を畳もうか迷った挙句の決断でした。
当時はご健在だった子供好きのおばちゃん。
すぐに子供たちはもちろん、地域の人々に愛される店になっていきました。
(優しい温もりにあふれた店内。入口より撮影)
(キレイに陳列される駄菓子群。しかも新作多し!楽しいね)
筆者が「教新堂」を訪れたある週末の夕暮れ時。
おばちゃん亡き後、店を継いだ現おじちゃん体制の店内には、多くの新作駄菓子(ジャケ買いしまっくたYO)と、多くの子供達が溢れかえっていました。
おじちゃんの背中に甘える様に寄りかかっている男の子。
ブタメンをものすごい勢いで啜る、猫舌とは正反対の舌を持つ少年。
珍しそうにおじちゃんと筆者との会話に聞き耳を立てている女の子。
逆にその会話の節々のフレーズに反応し話に参加してくる、おませな少女。などね。
子供達と会話する時「○○君(ちゃん)」と相手の名前を呼び、目を見ながら丁寧に会話をする姿がとても印象的だったおじちゃん。
「みんなの名前覚えているんですか?」という筆者の問いに、「毎日のように来てくれる子は大体ね。自然に覚えちゃうもんですね(笑)」と、何とも言えない優しげな笑顔で答えてくれました。
(アイスも駄玩具も、もちろん大人もうれしい「イカ系」も充実!)
とても楽しそうで、強い信頼関係で繋がっている子供達とおじちゃんとの関係。ここまでに至る経緯を少しですが書かせてもらいましょう!
今から(2015年現在)約10年前の話。
初代おばちゃんが亡くなってしまい、主を失った「教新堂」は廃業を余儀なくされたそうです。(おじちゃんは別の仕事をしていました)
しかし、両親との思い出が詰まった店を愛し続けてくれた地元の人達・子供達が抱く強い復帰願望と、おじちゃん自身の「安心して子供が遊べる場所を残したい・守りたい!」という想いが合致し、仕事を完全に辞め、「教新堂」はおじちゃん体制のニューステージへと突入した訳です!
新体制・教新堂のあけぼの。
本当に素晴らしい心意気ですよね。
「儲からないのは分かっていましたよ。現に儲からないしね(笑)。でもね、こういう安心できる場所って大切ですよね。子供にも大人にも。だからね、子供達が来てくれる限り続けていきます!!」と、別れ際に今日一の笑顔で話してくれたおじちゃん。
感動した筆者は、おじちゃんに頭を垂れる事、実る稲穂と同じクラス。
晴れやかな気持ちで店を出ると、外はキレイな夕焼け空。
「人間っていいなぁ・・・」としみじみ思いながら、家路へと向かうのでした!
「教新堂」アクセス
東京都江戸川区南小岩7-9-6
JR総武線「小岩駅」 徒歩8分
東京都江戸川区・南小岩の駄菓子屋 ~優しげな陽の当たる場所 教新堂~
江戸川区 駄菓子屋

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