昭和4年(1929年)創業の「植田製菓工場」。
東京の下町・荒川区東尾久にある「植田製菓工場」の志は創業以来85年に渡り、親から子へ、子から孫へ、と受け継がれている。
親子3代変わらないその志とは・・・言わずもがな。
「元祖 植田のあんこ玉」。
筆者自身も、「おいしいからね!」と父母から教えられ好物となり、子供達にも同じように「おいしいからね!」と教えていきたい、日本駄菓子界が誇る至宝を当ブログで扱える事に誇りを感じている。
おっと・・3代とか時代背景とか、分からぬのも道理。筆者よりも断然詳しく、直に「植田製菓工場」を取材されている下記のHPを参照されたし。尊敬するで、荒川ゆうネットさん!
(生まれも育ちも荒川区!元祖植田のあんこ玉 荒川ゆうネットより)
(駄菓子屋でこのフォルムを見かけるとテンションMAX)
幼き頃、通いに通いまくった想い出の駄菓子屋「台東区駒形・ババヤ」で必ず買っていた「あんこ玉」。
大抵は手づかみで直に口に放り込み、おばちゃんに10円を後払いしていたのだが、時におばちゃんに何個か袋詰めにしてもらい大事に家へと持ち帰る事もあった。
それは、母の言いつけを守らなかった日や何か疚しい事をしてしまった日など、そのまま帰れば間違いなくイオナズン級の怒りが直撃すると想定される時にお土産と称し「あんこ玉」を持って帰宅せば、穏便この上なく済まされると知っていたからだ。何せ母の大好物だったからね。(ちなみに親父も超好きなんだよね)
要領のそこそこ宜しい少年だったよなぁ。今にして思えば。
(35コ入り。賞味期限は短い。だが、それがイイ!!)
今回はコンパクトタイプ(35コ入り)を取り上げているが、中に白い玉(変り玉と云う)が入っていれば大当たり⇒「大きいあんこ玉」と交換スタイルは健在。
あの変り玉自身が結構うんめぇのよ。筆者は超好きだね。
(冷静と涎の中で。「あんこ玉」って駄菓子と云うより伝統菓子だよね)
筆者も、筆者の兄も独立して、それぞれが家族を持つようになった今。
実家に集いしその際に、「あんこ玉」を1箱持っていけば、その緑色の小さな箱を目掛けて幾本もの手が即座にニョロッと出て来てあっと言う間に全て喰らい尽くしてしまう・・・・
其の様はまるで天明の大飢饉クラス。幕府の役人プレゼンツの炊き出しに我先に群がる民草の様である。
でもね。
「あんこ玉」を味わってると、いつもあの頃へ。あの懐かしき日々へ戻っていける気がするんだよね。
今や「じいちゃん・ばあば」と呼ばれている二人が、今の筆者と同じ位の年齢で「お父さん・お母さん」と呼ばれていたあの頃に・・・・・
1個=10円で買える「あんこ玉」。
我が家にとってはプライスレスな味と思い出。そして少しずつ元気を分けてくれる「元気玉」でもあった。
植田製菓工場さん、本当にありがとう。
筆者を含めた親子3代、いつまでも最高の元気玉を待望しつつ、筆を置かせて頂く事にしよう。


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