埼玉県さいたま市(北区)日進町の駄菓子屋 ~地域に根付いた温かな歴史 関根商店~

埼玉県さいたま市。

永遠のライバルと言われた武蔵野の両巨頭(旧大宮市・旧浦和市)がまさかの合併、旧与野市・旧岩槻市ものちに続いて誕生した人口約120万強を誇る県下NO1都市。
(大宮区・浦和区・岩槻区・見沼区・中央区・緑区・桜区・西区・南区・北区の10区で構成)


その1区である、JR宇都宮線(土呂駅)・高崎線(宮原駅)・川越線(日進駅)など多くの路線と、旧中山道の宿場町(大宮宿・上尾宿)の存在が、旅情と慕情を共にくすぐる北区。
人口約14万、近未来的な埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)、「しまラー」でおなじみのファッションセンターしまむらの本社を擁する町。
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(JR川越線(日進駅)より臨む商店街は彩の国スタンダード)

今回は、その北区・日進小学校の目の前にあり、店として100年以上の歴史を持つ(現おじちゃん・おばちゃんが3代目!)老舗駄菓子屋「関根商店」を紹介します!
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(風格・趣漂う面構え!思わず吸い寄せられそうになるね・・)
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(入り口には8台のガチャガチャがお出迎え!や、やりたい!)

創業当時(明治時代の事です・・)は、少し離れた場所で営業していた「関根商店」。
現在の場所に移ってきたのは、おじちゃんが生まれた今(2015年現在)から78年前頃(1937年頃)の事。
それは戦争の気配が徐々に国土を覆い始めた頃。店を切り盛りしていたのはおじちゃんの祖父母と言うのだから、歴史の重みを感じざるを得ませんね。

「戦後になって、目の前にある日進小学校の校庭を間借りするような形で、学童文具や駄菓子を本格的に売りはじめたみたいね。」と教えてくれたのは、おじちゃんと二人三脚で「関根商店」を支えてきたおばちゃん。
明るく・わかりやすく、笑顔を絶やさないスタイルの話しっぷりは非常に楽しく(声を出して笑ってしまう事しばしば)、何より勉強になりました!ありがとうございました。
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(広い店内。駄菓子の種類の多さに絶句!これは楽しい!)

かつて、日進小学校は県下でも有数のマンモス校で学校帰りに店に来る子供の数は、それはもうハンパじゃなかったそうです。 

「今とは比べようも無い位、忙しかったわよ。スーパー・コンビニでも駄菓子売ってるし、何より肝心のお子さんが少なくなっちゃったしね」と、時代の移り変わりを筆者に話しつつも、通り過ぎるご近所さんやタバコを買いに来る常連さん達に挨拶を交わす気配りは、流石!と言うしか無いですね!
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(広い店内に幾何学に並べれた駄菓子。もはや芸術ッス!)

「父母が店をやっていた頃は、岩槻(現さいたま市岩槻区)まで自転車で仕入れに行っていました。片道20キロはありましたか?それもすぐに売り切れてしまって。買っては売れての繰り返し!」と、子供が多かった時代を懐かしむ様に話してくれたおじちゃんは、10円の当たり付ガムをその場で「当たってるかもよ?開けてみよう!」とわざわざ捲ってくれる、何とも優しい心の持ち主で。

全て「ハズレ」だったのはろんのもち。人生そんなに甘くはないって事っすよね~。
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(妖怪ウォッチの人気は永遠に近い・・・売れ行きも好調だとか)

「小さい頃に通ってくれていた子供達が、自分の子供を連れて来てくれたり。折に触れ、来てくれる子もいてね。やめられないでしょ?皆の為にも・・・。体が続く限り続けていくつもり。儲からないけどね(笑)。」と呵々大笑しながら、初対面の筆者に惜しみなく多くを語ってくれたお二人。貴重な経験でした。

日進町にある地域住民達と共に、その名の通り「日進月歩」に絆を育んできた素晴らしき駄菓子屋「関根商店」。皆さんも、その懐の広さを体験されてはいかがでしょうか?

「関根商店」アクセス
JR川越線「日進」駅徒歩10分・ニューシャトル「鉄道博物館」駅 徒歩10分
埼玉県さいたま市北区日進町2-922




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