市原隼人さん主演。
大人気ドラマ【おいしい給食】Volume3
群馬県邑楽郡大泉町の駄菓子屋【服部商店】さんが出てますYO
要チェックのほど、よろしくメカドック!!
以外・過去記事です(2021年)
人口約4万2千人。
北関東3県(群馬・茨城・栃木)の中で、最も面積の小さな市町村ながら、人口密度は最も高く、戦前より工業が盛んな地として有名な群馬県邑楽郡・大泉町。
戦後、SUBARUなど10数社に分割される程の超ウルトラ航空機(エンジン)メーカーだった『中島飛行機』の工場跡地は、味の素冷凍食品㈱関東工場・パナソニック㈱を始めとする大手企業の工場へとクラスチェンジ!
県下トップレベルの財政力と、それを補う労働力を維持する為に積極的に誘致したのが、ブラジル🇧🇷を中心とした日系人達。
町の政策が進み、町民⇔外国人労働者の相互理解・友情が深まるに連れ、人口比の約1/5が外国籍、うち約半数をBrazilianが占める様になった大泉町を世人曰く、『日本のブラジル』と。
その名のルーツは合併前の旧名(大川村)+(小泉町)の合わせ技一本、南米由来のラテンの風と、上毛三山(赤城・榛名・妙義)からのからっ風がMIXされた異国情緒あふれる町。
(東武小泉線『西小泉』駅。ラテンの風吹く駅舎の色は南米カラー)
昭和17年(1942年)、大泉町・寄木戸にて、タバコや印紙・切手なども扱う総合食料品店として創業。
激動の昭和⇒平成、そして令和へと続く各時代を大泉町と共に駆け抜け、各時代の子供達に愛され続けている『服部商店』が、本当に面白いし、ビックリする事多いしで、何から書いていいか‥
いきなり、わからなくなってしまいましたが(笑)
『日本のブラジル』の町・大泉町に因んで、ブラジルへの移民経験がバックボーンであり、日本中を元気にし続けるアントニオ猪木さんの御言葉を唱和する事を持って始めさせて頂こうと思います。
ありがとうございます。
「遠い所、来てくださってありがとうございます。土橋さんが来てくれると聞いて、先程まで姉も待っていたのですが・・暗くなってきたので帰りました。この時期はもう冷えてきますね。」と出迎えてくれたのが、初代の孫娘であり現店主(3代目)の服部さん。
筆者が訪れたのは、日暮れも早くなってきた神無月(10月)も終わりを告げる、と或る日の夕暮れ時の事。
御姉妹揃っての面会と相ならず‥で残念でしたが、その分、妹さんとハイパー楽しいトークを繰り広げさせて頂きました(笑)

(この棚も素敵~!毬を持った女子のイラスト・猫バス人形もいらっしゃいますね!)
あら~。
毬を持った可愛いい女子のイラストが飾られてるやないの〜
と思いきや、キレイな薔薇には棘があるもの‥
正体は鬼(『鬼滅の刃』・朱紗丸)ですから(笑)
この作品群に対し一つ一つ解説をいれていると、当ブログでは珍しい、超『長編STORY』になってしまいます(笑)
当ブログの写真の中から「アッ!!」と発見するか?
実際に『服部商店』に遊びに行って鑑賞するか?
どちらかで楽しんでくださいます様、ご理解くださいませ。
店の前の交差点には信号がありませんが、そこは工業が盛んな大泉町・・・
朝夕の通勤ラッシュ時には、かなりの交通量があるそうです。
そこで服部さんは毎朝の通学時間。
黄色い交通旗を持ち交差点に立って、車⇔子供達の安全を守ってきました。
一人で始めた『交通安全運動』ですが、服部さんが病気で入院された際は、ご近所の有志達が代りばんこに交差点に立って、子供達の安全と『交通安全運動』の灯を守ってくれたそうです。
※現在は皆で交代制に
そういう、陰ながら自分達を見守ってくれている(きた)大人達の姿を、子供達って、覚えているものなのですよね。
って事は??
「じゃあね~服部さ~ん」と自転車に乗りながら声をかけてた中学生達。
彼ら・彼女らは、小学校時代の登下校時に、黄色い旗を持った服部さんとあいさつをしてきた可能性大ですかね?
※服部さん後日談。近所の大泉町立西中学校の生徒でした。現1~3年の生徒の名前はほぼいえるとの事。
う~。ええ話や・・

(ドラちゃん群生地を大泉で発見せり(笑)。凄い数でっせ!)

(この熊手のクオリティの高さアンビリーバブルや。高校生が作ったとは思えん・・・)
大泉の子供達の話。
別れの挨拶も明るく楽しく朗らかに。
コロナで先が見えない中、大いに笑い、大いに癒やされた、土橋の知らない『服部商店』の世界でした。
『服部商店』アクセス
群馬県邑楽町大泉町寄木戸416-1
営業時間・月曜~土曜 PM12:00~18:00
※日曜定休
コロナ禍の為、営業時間等は変更する可能性があります
服部商店Instagram⇒服部商店インスタ










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