人口約220万人、16の行政区からなる愛知県・名古屋市。
ひつまぶし・手羽先・味噌カツなど見事に傾いた「名古屋めし」が全国を席巻し、昔より織田信長・豊臣秀吉や(徳川家康は三河国出身。愛知県内には変わりありませんが)、天下無双の傾奇者・前田慶次や加藤清正などの多くの歴史的英雄を輩出、現在でもスケート界を筆頭にスポーツ界・財界・芸能・文化に至るまで多くのトリプルアクセルな人材を輩出し続ける、中部地方の中核を担う大都市。
(名城公園にて。清正公の像が激シブな件)
さらに名古屋市には、国内最大級の駄菓子・駄玩具問屋街と駄菓子メーカーが集まる明道町(西区)があり、世の駄菓子フリークにとっては聖地と行っても過言ではないエリア。
当然それは「駄菓子屋ジプシー」の筆者にも当てはまるので少し緊張しつつも、御紹介します。
昭和30年(西暦1955年)名古屋市の東区・出来町にて創業した50年以上の歴史をもつ駄菓子屋「みきや」です。
※「みきや」にはHPもありますので、皆さんご参照ください⇒みきや HP 
(間口が広く、入りやすい店内。いいねぇ)
店の正面にちゃんと看板がついていたそうですが、昭和34年(1959年)中部一円に甚大な被害をもたらせた「伊勢湾台風」に吹き飛ばされていき、そのままにしているとの事。歴史を感じますね。
(中央に駄菓子が置かれ、四方の壁には駄玩具が掛けられる店内)
「みきや」は週末のみ営業している駄菓子屋です。
今は御主人は3代目。祖父⇔父⇒そして自分の代にバトンタッチされる際に、思い切って店をたたもうと悩まれたそうです。
しかしそこは地域に愛される「みきや」。そうは問屋も地域社会も卸してはくれません!
今を謳歌する子供達からはもちろんの事、50年間の歴史の中で子供時代に初代・2代目から多くを教えてもらった地域住民達からの「やめないで」セレナーデがすごかったと言います。
また、御主人の「子供達の社会勉強の場・居場所を残していきたい」と言う強い信念が重なり、「みきや」は存続していく事になります。
月~金までは本業で働き、土日は地域に愛される「みきや」の中で子供達に大切な事を教えて行こうとするその姿勢・・・頭が下がります。
(懐かしい駄菓子BOX。心安らぐ雰囲気!!)
(子供達の写真や地域活動募集など。町の集会場の役割を果たす)
「みきや」には広い間口の一番目立つ部分に子供達の写真や仲間募集の案内が非常に見やすく展示されています。名古屋特有の派手を意識した訳ではないのでしょうが、「見やすい場所にあり、いいアイデアだなぁ・・」と感心してしまいました。
「みきや」で名古屋の駄菓子屋状況やら地元の人が行くような「名古屋めし」のお店があるエリアなど、色々教えてもらっている内に日が暮れてきてしまったので、御主人に再訪を誓い店を後にしました。
また遊びに行きたい駄菓子屋です。
皆さんも週末を名古屋で過ごす際は、極上の名古屋流・駄菓子屋スタイルを味わいに「みきや」に行ってみては如何でしょうか?
「みきや」アクセス
名鉄瀬戸線・中央本線・地下鉄名城線「大曾根」駅、下車徒歩8分
地下鉄桜通線「車道」駅、徒歩10分
愛知県名古屋市東区出来町1-7
みきや HP
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