タグ:昭和の雰囲気のある駄菓子屋

駄菓子を選ぶ子も、ゲームをやる子も、土浦っ子達みんなが台拭きだった駄菓子屋【まるぜん商店】先払いシステム、日本風にいえば【ツケ】払いが可能な子供達との信頼関係がパネ〜事でも有名でした多くの世代に温もり+思い出と言う宝物を残し閉店おじちゃん、お疲れ様でした。 ...

スカッと爽やかCoca-Colaの看板が、足立の空に鮮やかに映えていた事を思い出します東武鉄道が駆け巡る区中央部以外はかつて、陸の孤島だった時代が懐かしい牧歌的な足立の町も今や昔の物語つくばエクスプレスがかっ飛びはじめ、交通網の整備も進み、便利になった分、かつての ...

館林市立第2小学校の前歴代の子供達から『じいやんち』と呼ばれ愛され続けた駄菓子屋・文栄堂がありました。とても温かで優しい(時に厳しい)、皆の人気者だったじいやん・・奇跡的にじいやんにケガは無かったものの、火事により店舗の全てが消失してしまい廃業されてしまい ...

東京都⇔神奈川県との境である多摩川沿いに広がる等々力緑地のすぐ近く。90年以上に渡り市民に愛され続けてきた駄菓子屋【ことりどう】さん。2023年9月末日をもって、閉店される運びとなりました‥筆者が初めて【ことりどう】に伺ったのが2013年のこと。以来、数度に渡り遊び ...

日本の頭脳である東京大学を中心とした上品さと下町気質が同化した、文京区〜台東区に跨り広がる『谷根千』エリア。かつては文豪や政治家の邸宅が連なり、明治時代の香りを色濃く残す町で、長きに渡り愛され続けた駄菓子屋【木村屋】さんが閉店されました。その魅惑的な佇ま ...

2020年‥日本中で、いや世界中のほとんどの国で、コロナ禍が巻き起こす苦しみの嵐が吹き荒れていた頃、筆者の元に届いた悲しきお知らせ‥「志村商店」さん、閉店…記事を再アップしてる今(2020年7月現在)、かつての広き間口で多くの種類が楽しめる店内はテナント募集の張り ...

地元の子供達の間では「ちょうべい」※と親しみを込めて呼ばれ続けてきた東京都中央区・佃の駄菓子屋「山本商店」緊急事態宣言が解除された令和2年5月31日をもって、その長い歴史に幕を閉じました・・・昔は橋が架かっておらず、渡し船で往来していた佃。その頃の風情が残っ ...

2020年。おばちゃんの永眠の報、聞かせて頂きました。長きにわたり、数世代に及ぶ小菅の子供達に愛され続けた名店。筆者も何回もお伺いさせて頂き、メディア出演の際も、数回お世話になりました。「年の離れた友達に出会えた様です‥」おばちゃんが言ってくださった御言葉、 ...

群馬県伊勢崎市。市名の由来は戦国期。時の領主・由良成繁公が伊勢神宮を勧請した事から「伊勢の先(さき)」と呼ばれ、そこから訛って一本スタイルに変化(伊勢の前(さき)⇒伊勢の崎⇒伊勢崎へ)。首都圏へアクセス良好な立地と市のゴイス~な企業誘致政策とが見事にリン ...

東京都荒川区。洗濯物が「アラ?乾く!!」と言われ続けて80年。(区政開始は昭和7年・1932年)。幸せの国・ブータン国王夫婦が来日した際、一躍脚光を浴びた同国お墨付きのGDPならぬGNH(国民総幸福量)をいち早く採用し、区民の幸せをバックアップするスタイルへと躍 ...

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