戦後の混乱期
上野と共に千葉・茨城方面への玄関口として、飴製造業者が無双乱舞
後に駄菓子問屋にクラスチェンジし、国内でも類を見ぬほどの【駄菓子問屋街】を形成した日暮里を擁する東京下町・荒川区
※今も日暮里の生き字引大屋商店さんは営業中です
南千住エリアにかつてあった、駄菓子とおでんの串田商店さん
『まさか私が記事(ブログ)になるなんて(笑)
長くやっててよかったよ、ありがとう(笑)』
と、筆者が書いた記事をお渡しすると破顔になって喜んでくれたおばちゃんが偲ばれます。
新居になった後も営業をしていましたが廃業
南千住の各世代の子供達の心の中に、駄菓子屋の優しさもおでんの温もり、そして多くの想い出を残し続けています。
おばちゃん、本当にありがとうございました

以下過去記事(2011年執筆)

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