令和2年(2020年)8月。

東京スカイツリーのお膝元。
東武線と京成線が交差し、隅田川と荒川の流れに洗われた下町人情が残る、東京都墨田区・京島エリア。

子供達が大好きで、そして子供達からも大変慕われていた創業半世紀以上の老舗駄菓子屋『秋葉商店』のおばあちゃん(※以下おばちゃん)が亡くなられました。

享年92歳。

亡くなる前日まで元気に店に立ち、いつも通りに子供達や地元住人の方と楽しく話されていたというおばちゃん。

明るく、人を惹きつける魅力のある方で、筆者などは行く度に元気づけられました。

御冥福を祈ると共に、御礼を言わせて頂きます。

おばちゃん。
本当にありがとうございました。
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(下町の元気なおばあちゃんと言う言葉がピッタリでした。いつも元気をありがとうございました。)

訃報ともう一つ御伝えしたい事があります。

「子供達は私の宝物。体が動く内ははってでも店を続けていきたい」と言われていたおばちゃん。

その温かい想い。
地元の子供達同様に、そばで祖母の姿を見続けてきた孫娘の胸にも届いていたのです。

おばちゃん逝去の際、店を閉める選択肢は、若干22歳の若き店主の『跡を継ぐ』決意でシャットアウト。

少しの休業期間をおいて『秋葉商店』は、幼稚園の教諭として子供達と寄り添った経験を活かし、駄菓子屋を開いたおばちゃんの志・教え・姿を間近で見ていた孫へと引き継がれ、営業再開されたのでした。
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(自販機の間を抜けると素晴らしき駄菓子屋の世界。外観も受け継がれる)
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(外から中に誰がいるのか確認できる。子供達か近所の方がよくいたな〜)

コロナがここまで大流行するとは露にも思っていなかった2020年1月。

息子と最後に遊びに行った時はすごくお元気でしたし、以前は『100歳まで頑張る(笑)』と笑いながら話されておりました。

目の前にはジャンボすべり台で有名な『マンモス公園(京島南公園)』があり、駄菓子でエネルギーチャージを試みる為、店↔公園をシャトルする子供達の事を、ニコニコ見つめられていた御姿も印象的でした。

たまにしか行けなかった筆者の目にもそう映る位ですから、御家族の目にはもっともっと多くのおばちゃんの想いが伝わっていた事でしょう。

道徳的観点(寺子屋的側面)や、居場所という観点からも、近年、駄菓子屋のもつ重要性が益々見直されている事と矛盾して、駄菓子屋店主が相応の利潤を店舗経営から得ていく事は、駄菓子の単価を考慮に入れても、『かなりキツイ』という事、皆様にも分かると思います。

しかし。
自分にとって大好きなおばあちゃんの店は、町の子供達にとっても大好きななおばあちゃんの店であり、いつ行っても優しく向かい入れてくれる大切な『居場所』なのだろうな!と気付かれていたのでしょう。

御家族の心強いサポートの元、その駄菓子屋の世界に飛びこむ勇気と祖母の想いを受け継ぐ覚悟。

22歳の新しい挑戦に、子供達はもちろん、かつての常連達も応援と感謝の眼差しを向けている事でしょう。
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(店内の雰囲気も祖母時代からのまま。最高の空間)
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(店の歴史を物語る多くのフォトグラフ。若き日のおばちゃんもいるよ。)

店内に貼られる多くの写真達が物語る『秋葉商店』半世紀の歴史。

京島の子供達は、店に『おばあちゃんち』というニックネームをつけ、代々受け継いできました。

92歳から22歳へ。

今後、その『おばあちゃんち』の愛称だけは変わっていく(流石にお姉さんにそれは‥ね。)可能性は否めません(笑)が、店の温もり・居心地の良さ・雰囲気・においは変わる事はないでしょう。


少子化・高齢化にコロナ禍が加わり、暗いニュースが多かった駄菓子業界において、一筋の光が見えた思いでございます。


おばちゃんへ
お孫さんの御活躍を天国から見てますか?
別れは悲しいですが、おばちゃんの残した『秋葉商店』の灯は令和3年も輝いていますよ!!
本当に今までお疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。

『秋葉商店』アクセス

東京都墨田区京島2-23-6
※営業時間・定休は要確認
※緊急事態宣言下ですので、密を避け万全の対策で来店してくださいます様お願いします。