土佐の高知のはりまや橋で 坊さん かんざし買うを見た~

「夜さり来い(夜にいらっしゃい)」という土佐弁が訛って変じた『よさこい』を旗印に、国内はもとより海外でも人気の『よさこい祭り』は言わずもがな。
『日本最後の清流』こと四万十川、太平洋の荒海に洗われた鰹をタタキで食し、地鶏『土佐ジロー』の無敵の美味しさと言ったら・・・

人も人ぜよ。

幕末の風雲児・坂本龍馬や、三菱グループ創設者・岩崎弥太郎を筆頭に、武市半平太・板垣退助・浜口雄幸元総理など、数多の偉大なる『いごっそう』達を輩出。
時を経ても、いぶし銀の名優・北村総一朗さんや、「かい〜の〜」の愛されランナー・間寛平さん。

島崎和歌子さんに、「関西のロイヤルファミリー」当主・西川きよし師匠など、多くのタレント達をも輩出し続ける高知県(旧国名・土佐国)。

そんな『南国土佐を後にして』※、全国区の輝きをスパークし続ける名産・有名人はとても多いですよね!

そして、そんな高知県に暮らす県民みんなが、とってもとってもとってもとってもとってもとっても大好きよ!!と愛してやまない郷土駄菓子がある事、皆さんはご存じですか?

(有)野村煎豆加工店(以下・野村)プレゼンツの『ミレービスケット』

皆さんも食べたことあるかもしれません。

野村煎豆加工店をはじめ、いかにして『ミレービスケット』が高知のソウルフードと呼ばれるまでになったか?
そこには、ミレーにMajiでKoiしちゃいそうな、すごく深イイ話が隠されているんですよ。

あっ。
広末涼子さんも高知市のご出身でしたね・・
今気づきましたよ・・・

って嘘いうな~。
今でもテンション上げたいとき、広末SONGを聴いてるくせに(笑)。

では。
『ミレービスケット』見てみましょう!
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(素朴な味で半世紀愛され続けるミレービスケットはまじめなおかし!)

野村の前身である『野村商店』の創業は大正12年(1923年)。

なんと、令和5年(2023年)で創業100年ですわ‥すごい。

豆菓子や甘納豆製造がメインだった野村がミレービスケット製造を開始したのは昭和30年(1955年)頃の事。

当時は、後の『明治』となる『明治製菓』からミレーの元となるビスケット生地を直接購入していましたが、昭和40年(1965年)頃にミレーの製造が名古屋にあるに引き継がれ(ミレーの名もライセンス料を払うこのメーカーのみ名乗る事が可能)ると、今度はその名古屋メーカーと取引を開始。

以後半世紀以上に渡り、精進に精進を重ね、多くのバリエーションに富んだフレーバーを開発しながら県民と共に歩んで来たのです。
な、泣けてくるじゃき…

ちなみに。
その名古屋メーカーとは、筆者が『マツコの知らない世界』に出演した際、紹介させていただきました『ビスくん』の製造メーカー・三ツ矢製菓㈱

創業大正7年(1918年)‥
第一次世界大戦終結の年創業のレジェンドメーカーと、高知の宝が繋がりがあるとは‥

驚きましたよ‥

詳細は高知の魅力を発信続けるポータルサイト『高知家の〇〇』を参照ください!
秀逸です!
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(昭和の頃から変わらぬデザイン。『まじめなおかし』よいつまでも!!)

ミレーミレーと書かれた下腹部がイカス!

昭和の頃から変わらぬデザインで、『まじめなおかし』は令和の今も進撃中。

パッケージに描かれるかわいらしいキャラの名は『ミレーちゃん』。
出自が高知県(生まれは東京都)の絵本作家・故やなせたかし氏がデザインしたGreatなお墨付き。

上記の『高知家の〇〇』内・高知のソウルフード「ミレービスケット」の製造現場に潜入してみたにより。

インタビューを受けた野村の常務取締役・戸田氏曰く
「ミレーは高知県民に育ててもらった」と。

県民を愛し、県民に愛される・・・
この素晴らしき相思相愛スピリットは、特筆に値します。

ありがとうミレービスケット。

高知県のアンテナショップや一部スーパーでもお買い求めはできますが、南国土佐の風に吹かれたモノホンのミレーに出会いに、高知旅行に行きたくなりました。

皆さんも次の旅行は四国へ!南国土佐へ!
GO TO トラベルしてみてはいかがでしょうか!!