東京都日野市。

風雲急を告げる幕末の京都で、誠の名の旗の元に時代を駆け抜けた「新撰組」を束ね、鬼の副長と畏怖された土方歳三の出身地として有名。

今も昔も発射オーライ!
かつては江戸〜甲府を結ぶ人馬の往来激しい甲州街道「日野宿」として、今や国内バス・トラック最大手「日野自動車」の城下町として繁栄、多摩川・浅川の優しき流れと関東三大不動の一つ「高幡不動」を擁する、自然・文化・テクノロジーが融合する人口約18万8千人。

東京都のほぼ中央に位置する街。
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(高幡不動・五重の塔と土方歳三公。荘厳な雰囲気は素晴らしい。)

今回は、若き日の土方歳三も歩いたであろう、日野市と八王子市を結ぶ北野街道沿い、平山城址公園そばにある駄菓子屋「秋間商店」を紹介します!
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(入口前に置かれたベンチが『休憩してって!』って言ってる気がした)
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(外からも分かる駄菓子の種類の多さ、小綺麗な陳列スタイル。パーフェクトや!!)

秋間商店の創業は今(令和元年現在)から97年前の1923年!!
って…大正12年ですよ!!す…すげー。

元々は文房具や食料品を扱う店でしたが、立地の良さと戦後のベビーブームに代表される子供の増加に伴い、徐々に駄菓子類を増やし今に至るとの事。

秋間商店の歴史や町の移り変わりなど、突然の訪問者である四十路のオッサン(筆者)にとても丁寧+優しく教えてくれたのは、秋間商店の3代目に当たる現・おばちゃんでした

「数年前に道路の拡張工事がありまして。かなり拡がったんですよ、この道。その際に店を建て替えたから、そう見えるだけですよ(笑)」

外観だけではなく、子供たちに選びやすい様に陳列された駄菓子・駄玩具を見て「ええ仕事や〜!」と感嘆する筆者に、そう謙遜しつつユーモラスに答えるので筆者も一緒になって笑ってしまいました。
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(幾何学模様の様にキレイに陳列される駄菓子達。吸い込まれそうになるYO)
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(駄菓子の箱と市販の籠・BOXが折衷され、目白押し状態で並ぶ駄菓子の面々。)

「近隣の小学校の体操着などを扱っているからいきなりって訳にもいかないけど、私も年でしょ(笑)。だから、工事で建替えする時も迷ったんですけどね、店を続けるかどうかを・・・」

しかし迷いはいつしか消え去り、秋間商店は令和の今も子供達のオアシスとして輝き続けているのです。

その迷いを晴らしてくれたのは、おばちゃんが自身の宝物であると感じているもの。

それは!!

子供たちが授業の一環で行う『町探検』の後、色々と教えてくれたお礼にと。
そしてコンビニ・スーパーには無い駄菓子を仕入れてくれて、いつも温かく向かいいれてくれるお礼にと。

小さな子供たちがおばちゃんへの大きな感謝を記した『感謝状』と、それを書いてくれた子供たちの「やめないで〜」のエール。

子供たちの存在そのものが宝物なのかもしれません!!
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(駄菓子屋冥利に尽きる子供からの『感謝状』。素敵な絆やね)
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(ニノもとい日野でしたね、ここは。みんなの好きなタレントが山ほど(笑))

「駄菓子屋が少なくなったからか。遠くからわざわざ自転車に乗って買いに来る子供たちや、七福神巡り・街道歩きの途中に立寄ってくれる人達もいます。体が続く限りは続けようと思ってます」

嵐・三代目J Soul brothersなど、壁にはられたプロマイドは質・量共に中々の上物揃い。

子供たちが自由に貼っていった写真に目を奪われながら、3代に渡り日野市・平山で培われた秋間商店と歴歴の子供たちとの絆に想いを馳せずにはいられませんでした。

皆さんも、多摩の歴史に彩られた日野市へ行かれた際は、素敵な駄菓子屋・秋間商店に行かれてみてはいかがでしょうか?

秋間商店アクセス
京王線「平山城址公園駅」下車すぐ
東京都日野市平山6-4-7