富山県・富山市。

「越中富山の薬売り」で有名な旧富山藩の城下町に、開通しました北陸新幹線!

「かがやき」・「はくたか」が停車する富山駅周辺の中心市街地に、日本初となる本格的LRT(富山ライトレール)+上下分離方式によるLRT(市内電車環状線)を導入。
「歩いて暮らせるまちづくり」の旗印の元に活性化させ、世界から視察が訪れるほどのコンパクトシティ化に向け驀進中!

しかし市域は、「平成の大合併」により、哀愁に満ちた「おわら風の盆」で有名な越中八尾や、キトキト(新鮮)な魚介の宝庫・富山湾~優美な立山連峰の麓に至る県域の1/3、北陸でぶっちぎりNO1の広大な面積を領するほど拡大。
胃袋満足・見所充実な人口約42万、歴史・文化と美しき自然が共存する環境未来都市。
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(慕情感をくすぐる越中八尾の町並み。風の盆の頃に一度は行きたい!)

今回紹介する駄菓子屋は、富山の美しくも儚い旋律と伝統を今に伝える「おわら風の盆」で全国的に有名なエリア・越中八尾から。

創業70年(2018年現在)。

変わりゆく時代の中で、変わってはいけない人と人との繋がりの大切さを教えてくれる「村井商店(こどもや)」です。
※以下・こどもや
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(通りの角地。懐かしくも温かい駄菓子屋「こどもや」がそこにある!)

出張時の仕事終わり。

事もあろうかお客様から「新幹線のお時間は?紹介したい駄菓子屋があるんで、一緒に行きませんか??」と嬉しい業務依頼を受け、喜び勇んで同行した次第(笑)。

もっとも、日も暮れそうな時間帯になってしまいましたが・・

「東京から!ですか。それはそれは。ようこそお越しくださいました。時間が許す限りですが、ごゆっくりとご覧になってください。」

そんな不惑間近の怪しいオッサン(筆者)の訪問を歓迎してくれ、優しげな笑顔と口調で、ためになるお話を沢山聞かせてくれたおばちゃん。

昨年102歳(2018年現在)で他界された初代おばちゃんの娘さんにあたり、御主人と共に「こどもや」の温もりと子供達の笑顔を守り続けています。
なんて素敵な御夫婦なんだ・・・・

「戦前・戦時中と、母は東京で奉公しておりまして。私が生まれたのも東京なんですよ、実は(笑)。戦後こっちに戻ってきて駄菓子屋を開業しました。当時は玩具類も相当扱っていましたよ!」

95歳まで現役で店頭に立ち続けた初代おばちゃんの事、八尾の移り変わりや子供達の事、そして「おわら風の盆」の情景の美しさなど、様々な事を教えていただきました。
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(広い店内。子供達の飲食スペースも完備。マンガも置いてあるぞ!)
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(スナック類も充実のラインナップ。年季の入った棚もステキ!)

「いつも子供達から元気をもらっている!」

これは、御家族をはじめ、周囲の方々に初代が良く言っていた言葉だそうです。

「私達夫婦も本当にその通りだなぁ・・・って思ってます。ここらも子供が少なくなりましたが、昔来てくれた子が自分達の子供を連れて遊びに来てくれますし。この子なんてほぼ毎日来てくれてるんです!」と、お父さんと一緒にスーパーボールくじを必死に選ぶ男の子に優しい視線を落としながら話してくれました。

「アタリは多くのハズレの上に成り立つもの也」

先代から引き継ぎし御夫婦の素敵な想いに感じ入ると共に、ギャンブル依存症対策には幼き頃の駄菓子屋(クジ・ゲームなど)体験が必須不可欠なんだな!と改めて思いました。
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(先代の御写真。天国から、富山の子供達を見守っていて下さいね!)
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(その素晴しき希少性を取材しに来るメディアも多い!!)

「また明日ね~」

おばちゃんにそう別れを告げてから店を出ていく小さな男の子Withパパ。

「あのお父さん、小さい頃からの常連でしてね。母が大切にしてきた人と人との繋がりを守り続けたいと思ってます。『風の盆』の時は県外に出て行った子達も来てくれるし、楽しみです(笑)」
親子を見送りながら、嬉しそうにそう話してくれた姿が印象的でした。

幻想的で儚い調べ、全国各地から多くの観光客が集まる「おわら風の盆」で有名な越中八尾。

筆者がその町で出会ったのは、言わば日常の町の笑顔を守り続ける素敵な駄菓子屋でした!

皆さんも美しき富山へ行かれた際は、「こどもや」でキトキトな体験をしてみてはいかがでしょうか!

「村井商店(こどもや)」アクセス
富山県富山市八尾町東町2082-4