東京都と横浜市の間に君臨し、日本最強の京浜工業地帯の一翼を担う150万都市で、7つの行政区を持つ川崎市(川崎区・高津区・宮前区・幸区・多摩区・麻生区・中原区)のほぼ中央に位置する高津区。

鷹津が訛って高津になった?
区名の由来はハッキリしないながら、大型商業施設が建ち並ぶ溝の口(武蔵溝ノ口)駅周辺を中心に、大手企業の研究開発施設や大規模工場が集約し、港湾エリアに続く商業地区へと躍進!

一方、往時の面影を色濃く残す「大山参り」で有名な関東総鎮護大山阿夫利神社 へと続く大山街道(矢倉沢往還) の二子宿(二子新地駅~高津駅間)や、子母口の鎮守にして日本武尊・弟橘媛を祀る橘樹神社など、古きと新しきが同居する人口約23万人、悠久な多摩川の流れに抱かれし「まちあるき」にはもってこいの街。
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(もう少し暗くなると慕情感Maxになる河川敷Fron多摩川・・)
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(駅と街が一体化!これぞ東急田園都市線クオリティ!!!)

今回紹介する駄菓子屋は、東京から多摩川を渡った辺りから続く「二子大通り商和会(大山街道)」の中にあり、大正15年(1926年)創業という長い歴史を有するお店。

現役の子供達はもちろんの事、巣立っていったかつての子供達(大人)からも愛され続ける素敵なお店「駄菓子の木村屋※」です。
※以下・木村屋
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(黄色いテントが目印。目立つし、字体も優しいよね!)
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(駄菓子・駄玩具の豊富さには思わず目を見張る。ス・・スゲー)

広い店内。
バリエーション豊かな駄菓子・駄玩具を目にすれば、「スゲ~・・」と感嘆の声をあげるのは筆者だけではないはず。

「懐かしいでしょ?ゆっくり見ててもいいのよ、大人でも楽しいもんは仕方ない(笑)」

じきに不惑(40歳)だってのに、目をキラキラさせて店内を物色しているオッサン(筆者)に対し、優しい言葉を投げかけてくれたのは、「木村屋」の3代目に当たるおばちゃん。

歯切れのよい言葉とテンポで話すおばちゃんに、一気に引き込まれてしまいました。
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(店内の椅子スペースは親(大人)専用ゾーン。安心して子供を見守れる)

戦前の「木村屋」は、陶器や乾物を商うお店でした。
戦後に「ファミリーストア木村屋」、そしてスーパーマーケットとなり、御主人が亡くなられた際に駄菓子屋へとシフトチェンジされたそうです。

おばちゃんから、店や町の歴史や移り変わりを聞いている最中もひっきりなしに買い物に訪れる子供達や親子連れの面々。

子供達は駄菓子を買うと外へと出ていき、店内には数人のお母さんが残り楽しそうにおしゃべりに興じています。

店内・店外の様子を見て、不思議そうな顔をしている筆者に気付くおばちゃん。

「店の中にある椅子は子供は使用不可(笑)。店内でゆっくり子供の成長を見守るお父さん・お母さん専用だね。逆に外にある駐輪場スペースは子供専用で大人はよほどの場合を除いて立ち入り不可(笑)。みんなが楽しめて安心できる『みんなの居場所』であり続けたいからね(笑)」と今日一の笑顔で話してくれました。

木村屋では、代々伝わる不文律の伝統が生き続けているのですね!
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(店外の駐輪場スペース(向かって右)は子供専用!いいね)

「いっぱいあるけど、見てもらえるかな?全部、私の大切な宝物なのよ」

見せてくれたのは、近所の小学生(3年生)達が毎年行う「町探検」の後に、おばちゃんと木村屋向けに認めてくれた冊子状の歴代感謝状!
中は、子供達一人一人が自分達の言葉でおばちゃんへ感謝の気持ちを書き綴られていました。

その他にも、ボードに各世代・年代の子供達が思い思いに貼っていったであろうプリクラや写真・寄せ書きなどの全てを「皆との大切な想い出達」と笑って話すおばちゃん。

「素敵ですやん!!」
明るく話すおばちゃんに出来うる限り明るく返答しましたが、胸の内は感動で押しつぶされそうになっていましたよ、実際。
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(歴代の感謝状と、各世代が張り付けたプリクラや写真がガッツリ)

「駐車場(車2台停車可能)もあるから。今度はお子さん達も連れて、ゆっくり遊びに来なね。」

暮れなずむ町の光と影の中、去りゆく筆者におばちゃんが投げかけてくれた言葉。

とてもホッコリした気分になり、再訪を約束したのは言うまでもありません。
その時はまた、店内の椅子に腰かけさせて貰いますYO!

旧街道にある、大人も子供も皆が安心して楽しめる居場所・木村屋。
皆さんも遊びに行かれてはいかがでしょうか?

「駄菓子の木村屋」アクセス
神奈川県川崎市高津区二子2-8-8
東急田園都市線「二子新地」駅・「高津」駅 徒歩8分