東京都荒川区。
洗濯物が「アラ?乾く!!」と言われ続けて80年。(区政開始は昭和7年・1932年)。
幸せの国・ブータン国王夫婦が来日した際、一躍脚光を浴びた同国お墨付きのGDPならぬGNH(国民総幸福量)をいち早く採用し、区民の幸せをバックアップするスタイルへと躍進!
マンションが立ち並び近未来スタイルへ進化を遂げた南千住エリアと、繊維と駄菓子の町として名高い日暮里エリア、若者にも人気エリアである2大巨頭が区を牽引中。
隅田川に洗われたモノホンの下町人情が今に生きる人口約20万8千人、住みやすい自治体の上位に君臨する町。

(日暮里駅前のブロンズ像は、名将・太田道灌。)
江戸期に新堀(にいほり)村と呼ばれた地域。
山あり谷あり桜ありの「日が暮れるまでも居ても飽きない風光明媚な里」だと、当時の風流人達が絶賛⇒語呂合わせで生まれたロマンティックな由来を持つ町・日暮里(にっぽり)。
今回はその日暮里にあり、代々の子供達に愛され続ける駄菓子屋「久米商店」を御紹介します。

(KUMEと書かれたテントが目印。公園の目の前にあるYO!)
久米商店の歴史は今(2015年現在)から40年以上も昔に遡ります。
そう、それは駅前に100軒以上もの問屋が軒を連ね、観光名所としても名高かった「日暮里駄菓子問屋街」が隆盛を極めていた頃の事。
当時は子供の数も駄菓子屋の数も相当に多かった時代ですが、平成も四半世紀が過ぎた現在は、そのどちらもが減少の一途を辿っています。
(上記の日暮里駄菓子問屋街も再開発により消滅。現在は2軒が駅前で営業するのみ・・・)
そんな中、日暮里のみならず遠方から押し寄せる子供達の為に日夜頑張り続ける「久米商店」の様な駄菓子屋の存在は特筆に値します。

(色とりどりの駄菓子が置かれた店内。これはスゴイ!!)

(ジュース類も駄玩具も充実のラインナップ。嬉しいね!)
「元々は勤め人でした。駄菓子屋を初めた契機は、子供が産まれた事。子供好きだった事も手伝って。でも、いきなり何十人もの子供を相手にする様になってテンヤワンヤになっちゃってね(笑)」と、ニコニコしながら創業当時を振り返るは、歯切れも、愛想も、そして何より笑顔がとても素敵なおばちゃん。
名物のおでんをすくってくれ、隣で同じ様に微笑んでいるおじちゃん。
二人の柔らかなパートナーっぷりは最高ですね!

(名物のおでん!おばちゃん・おじちゃんの愛情が下地(ベース))
最高と言えば、この「おでん」。
おじちゃん・おばちゃんの愛情がベース。
それが「久米商店」で育った代々の子供達の笑顔と思い出とがダシとして溶け込んで絶品フレーバーに熟成してまっせ!
かなり激ウマでした。

(店の奥のゲームスペースも健在!あと20歳若ければ・・・)
入れ代わり立ち代わり店内に入ってくる子供達。
見知らぬ大人の筆者を少し意識しつつ、駄菓子を選びながら甘える様に話しかける子供達・それを優しく受け止め話を盛り上げるおばちゃん。
いいなぁ・・・・こういうの。
「同窓会(そばに高校がある)後に懐かしんで遊びに来てくれるグループもあれば、自分の子供におでんの食べ方を教えてる昔悪ガキだった子がいたりね。いつかの少年達が立派になった!とうれしくなるのよね、子供達の成長が見られると・・・・」と、店を元気に飛び出していく、いずれは巣立っていくであろう子供達の背中を見つめながら、感慨深げに話してくれました。
おでんの香りとお二人の愛情に包まれた「久米商店」。
日暮らしの里の由来が如く、いつまでいても全く飽きない、素敵な駄菓子屋でした!
「久米商店」アクセス
JR山手線・京浜東北線 日暮里舎人ライナー 京成線「日暮里」駅 徒歩5分
東京都荒川区東日暮里5-20-5
洗濯物が「アラ?乾く!!」と言われ続けて80年。(区政開始は昭和7年・1932年)。
幸せの国・ブータン国王夫婦が来日した際、一躍脚光を浴びた同国お墨付きのGDPならぬGNH(国民総幸福量)をいち早く採用し、区民の幸せをバックアップするスタイルへと躍進!
マンションが立ち並び近未来スタイルへ進化を遂げた南千住エリアと、繊維と駄菓子の町として名高い日暮里エリア、若者にも人気エリアである2大巨頭が区を牽引中。
隅田川に洗われたモノホンの下町人情が今に生きる人口約20万8千人、住みやすい自治体の上位に君臨する町。

(日暮里駅前のブロンズ像は、名将・太田道灌。)
江戸期に新堀(にいほり)村と呼ばれた地域。
山あり谷あり桜ありの「日が暮れるまでも居ても飽きない風光明媚な里」だと、当時の風流人達が絶賛⇒語呂合わせで生まれたロマンティックな由来を持つ町・日暮里(にっぽり)。
今回はその日暮里にあり、代々の子供達に愛され続ける駄菓子屋「久米商店」を御紹介します。

(KUMEと書かれたテントが目印。公園の目の前にあるYO!)
久米商店の歴史は今(2015年現在)から40年以上も昔に遡ります。
そう、それは駅前に100軒以上もの問屋が軒を連ね、観光名所としても名高かった「日暮里駄菓子問屋街」が隆盛を極めていた頃の事。
当時は子供の数も駄菓子屋の数も相当に多かった時代ですが、平成も四半世紀が過ぎた現在は、そのどちらもが減少の一途を辿っています。
(上記の日暮里駄菓子問屋街も再開発により消滅。現在は2軒が駅前で営業するのみ・・・)
そんな中、日暮里のみならず遠方から押し寄せる子供達の為に日夜頑張り続ける「久米商店」の様な駄菓子屋の存在は特筆に値します。

(色とりどりの駄菓子が置かれた店内。これはスゴイ!!)

(ジュース類も駄玩具も充実のラインナップ。嬉しいね!)
「元々は勤め人でした。駄菓子屋を初めた契機は、子供が産まれた事。子供好きだった事も手伝って。でも、いきなり何十人もの子供を相手にする様になってテンヤワンヤになっちゃってね(笑)」と、ニコニコしながら創業当時を振り返るは、歯切れも、愛想も、そして何より笑顔がとても素敵なおばちゃん。
名物のおでんをすくってくれ、隣で同じ様に微笑んでいるおじちゃん。
二人の柔らかなパートナーっぷりは最高ですね!

(名物のおでん!おばちゃん・おじちゃんの愛情が下地(ベース))
最高と言えば、この「おでん」。
おじちゃん・おばちゃんの愛情がベース。
それが「久米商店」で育った代々の子供達の笑顔と思い出とがダシとして溶け込んで絶品フレーバーに熟成してまっせ!
かなり激ウマでした。

(店の奥のゲームスペースも健在!あと20歳若ければ・・・)
入れ代わり立ち代わり店内に入ってくる子供達。
見知らぬ大人の筆者を少し意識しつつ、駄菓子を選びながら甘える様に話しかける子供達・それを優しく受け止め話を盛り上げるおばちゃん。
いいなぁ・・・・こういうの。
「同窓会(そばに高校がある)後に懐かしんで遊びに来てくれるグループもあれば、自分の子供におでんの食べ方を教えてる昔悪ガキだった子がいたりね。いつかの少年達が立派になった!とうれしくなるのよね、子供達の成長が見られると・・・・」と、店を元気に飛び出していく、いずれは巣立っていくであろう子供達の背中を見つめながら、感慨深げに話してくれました。
おでんの香りとお二人の愛情に包まれた「久米商店」。
日暮らしの里の由来が如く、いつまでいても全く飽きない、素敵な駄菓子屋でした!
「久米商店」アクセス
JR山手線・京浜東北線 日暮里舎人ライナー 京成線「日暮里」駅 徒歩5分
東京都荒川区東日暮里5-20-5
コメント
コメント一覧 (2)
残念でしょうがないですね。
貴重な情報ありがとうございました。
私自身、等ブログの真の価値が表れるのは5~10年後だと思っておりまして。
1軒でも多くのお店を紹介できるよう、改めて精進致します。
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